maraichangのブログ

在タイ7年目の元現地採用女性が 生活・お金・育児の事を綴る

出産回帰録④

さて、続きです。 今回で最終かなぁぁぁ。???

 

はい。それで医者に言われたんですね。

今日産む。と。 いやぁぁぁ、、この時ばかりは 緊張とやっぱり楽しみでいっぱいでしたね。

長い時間お腹の中にいた赤ちゃんとご対面。

それで、私はその後陣痛と戦うことになります。

子宮口が4,5センチだったか、忘れましたがそれぐらいまで開かないと、

麻酔の注射は討てないようで、、、私は2,3度我慢が出来ずに、置いてあるベルで

看護師呼ぶが、、そうすることも出来ませんしね。ww でも、なんか

呼びたくなるというか。 

旦那は隣で、ずっと腰をさすってくれていました。

ありがたい。。

そして、今でも覚えてます。 

やっぱりどんどん、痛くなるんですね。

後半は、波が来るたびに、うんがぁぁぁぁぁ、、、みんな体験してる、みんな体験してる。

と日本に住んでいる子持ちのママの顔を順に思い出し、 

ひたすらみんな乗り越えている。と呪文のように唱えながら波が過ぎ去るのを

まっていました。 ww

で、どの感覚も短くなるんですよね。 ぎゃーーーーーーーこわ!

ってなる前に、私は恐らく、注射が打てたと思います。

ほんとーーーーーーーーーーーーに、世の普通分娩で御産みになられた

ママさん達、ただただ尊敬。私は絶対無理。 怖い。

で、でも、ですよ。

私はもーーその頃、確か、朝方になり担当看護師のおねぇさんが、怖いかんじで、

いわば、

「何よ、この外国人。 痛いのなんて、みんな我慢してるんだから、

我慢しなさいよ!」と言われてるような感じの方で、ベル鳴らしても

はぁ?って感じだったので、鳴らせずにいて、、結局注射が討てるくらいの

子宮口の開き以上にもう開いてたんですよ!!  知った私は、えーーーーーー

早く、注射をーーーーーーーーーーーーー!! 

この私に注射をーーーーーーーーーーーーーー!!って感じだったんです。

 

待てど待てど、誰もこないし、あの時の悲痛な感じは、今でも覚えていますねぇ。

やーーっと、来てくれて、分娩室に移動です。

その頃はね、なんか注射がゴールなので、 こう、、ゴールが近いと思ったら

我慢できない、みたいなん、あるじゃないですか?例えば

うんこいきたくて、家が近づくにつれ、肛門の筋肉がゆるんで、

もらしちゃったーーーーーーーーーーみたいな。www

変なたとえですみません。

 

まさに、そんな感じで、私も次の陣痛波が来るのが、怖くて、

またもや、ぶるぶる震えていたんですよ。 まじわらけますが。

本当に。 で、やっとですよ。 麻酔師がやってきました。

 

なにやら、英語でいろいろ確認事項話してるんだろうけれど、

こっちはそんな余裕なく、いや、本当そんな余裕ないですよ。

ってな感じなんですが、結構長くいろいろ話すんですね。

 

私はもう、とりあえず、YES YES,みたいに答えていたような。

でもこれ考えると大変危険ですよね。

命かかってることやし。。。 

まぁ、それでも結果オーライだったので、今こうして書けてる訳なのですが。

それで、たぶん、どうだ?効いてるか?とか聞かれていたんですが、

うん、確かに、じょじょーーに、腰から下が何も感じない。。。

て感じになってきました。  

 

長くなりました。 また次回。

いつまで続くんだーーー???

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